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『未来のミライ』は『未来のミライ外伝』のほうが正しいタイトルだ!?

■『未来のミライ外伝 くんちゃんの不思議なお庭』?■


 先日、細田守監督の新作映画『未来のミライ』を観て来ました。

 

 その感想はニコニコブロマガのほうに書いたのですが(http://ch.nicovideo.jp/cayenne3030/blomaga/ar1635302)、こちらではちょっとだけネタバレの感想を書いておきたいと思います。以下、ほんとにちょっとだけネタバレです。

 

 で、これはブロマガのほうにも書いたのだけれどぼくは傑作だと思っていて、世間の賛否両論がぴんと来ない。いや、これはごくごくわかりやすい作品でしょ。

 

 まあ、でも、あまりこの手の映画を見なれていない人にとっては唐突に感じられたり、無理がある展開に思えるであろう事態が頻出することもたしか。

 

 そもそもこの映画が何を描いていて、どこが面白いのかわからない人も多いかも。

 

 思うに、「未来のミライ」というタイトルの設定が悪い。これはむしろ「未来のミライ外伝 くんちゃんの不思議なお庭」とかそういうタイトルであるべき物語なんですよね。

■背景に壮大なストーリーがある?■


 これは見方にも寄るけれど、たぶん、バックストーリーとしてタイムトラベラーの未来ちゃんの物語があるんですよね。で、それをくんちゃんの視点から、かれの内面世界の冒険とも受け取れるように描いている。

 

 はたしてほんとうにタイムトラベラー未来ちゃんが実在するのか、それともすべては四歳児のくんちゃんが見た夢に過ぎなかったのか、それははっきりしませんが、まあ、あえてはっきりさせる必要もないことでしょう。

 

 とにかく、このタイトルはミスリードが過ぎる。だって、未来の未来ちゃん、ほとんど出て来ないんだもん! いったい何を考えてこんなタイトルにしたのか、謎としかいいようがありません。

 

 じっさいには映画の主役はあくまでくんちゃん。このまさに年相応にわがままな子供が、いかにしてちょっとだけ成長するか、その内的冒険、これはそういうストーリーです。

 

 あえていうならバラードやオールディスが提唱したニューウェーブSF、その洗練されたかたちのひとつといえるんじゃないかしらん。

 

 ぼくはこの作品をくんちゃんの内面での冒険と見たほうなのですが、背景に壮大な物語があるという見方ももちろん成り立つでしょう。

 

 タイムトラベラー未来ちゃんのテレビシリーズ2クールくらいのシリーズが背景としてあって、そこには大人(というか少年)になったくんちゃんも出て来る。

 

 で、その番外編のいちエピソードを、子供のくんちゃんの視点から描きだしている。そういう解釈の余地はある。そういうふうに考えると、これはたしかにちょっと宮崎駿の映画作りに近いものがある。

 

 背景に膨大な状況設定があるにもかかわらず、それについてはふれず、ミクロな物語を綴るというやり方。『ハウルの動く城』とか、そっち系ですね。

■『CLANNAD』との類似性。■


 で、テーマ的には『CLANNAD』のことみシナリオがいちばん近いと思う。「わたしのお庭は広いもの」。まさにそのまま(笑)。

 

 ようするに、個人と世界とのかかわり方を描いた映画なのだと思う。ひとりの個人の背景にはひとつの家族があり、ひとつの家族の背景には無数の家族があり、そのさらに背景には壮大な人類の歴史があり、そしてまた何億年に及ぶ生命の系譜がある――あまりにも雄大なヴィジョン。

 

 そのことに想いを馳せることができたなら、この映画が傑作であることは論を待たないでしょう。しかしまあ、そこまで感じ取ってしまう人間のほうがまれではあるかもしれない。

 

 でも、この作品を細田監督の保守的な家族観の表出と見ることはさすがに無理があると思うんですよ。あきらかに、家族以外のところにまで視野が及んでいる。

 

 ただ、それをどこまで視聴者がわかるように描きだせているかというと、これは不明かもしれない。ある意味ではものすごくダイレクトに伝わってくる映画なのだけれど、感じない人は感じないのでしょうね。

■細田監督はひと皮むけて成長したと思うのだ。■


 いずれにしろ、ぼくはこの映画で細田監督はひと皮むけたなあと感じました。かぎりなくプライベートなミニマムの物語が、おそらくは「永遠」へとつながっていく、そういう映画はめったにあるものではありません。

 

 少なくともぼくはそう何本も知らない。だから、これはほんとうにものすごい傑作だと思うのだけれど、商業的にはいまひとつに終わりそうですね。

 

 まあ、どファンタジーでどSFだからしかたないのかもしれない。わかりやすいエンターテインメントを期待して見た観客からは、「何だこれ?」と思われてしまったかもね。

 

 でも、それでもこれはやっぱり素晴らしい作品です。タイトルとCMだけはもう少しどうにかならなかったのかと思うけれど、まあ、この内容を的確にCMにこめようとすることはむずかしくはあるでしょうね。

 

 次回作以降、細田監督がこの方向性を貫くことはむずかしいかもしれませんが、この一作だけでも、細田さんの傑出した才能は証明されたと思います。

 

 まさにリアリズムとしてのファンタジー、あるいはファンタジーとしてのリアリズム。これで良いのだ! ぼくは、そういうふうに思いますね。

 

 オススメです。

 この記事を書いている人:海燕(かいえん)

 

 プロライター。7月30日生まれ。2001年1月1日からウェブサイトをオープン。その後身のブログは1000万PVを記録。その後、ニコニコ動画にて有料ブログ「弱いなら弱いままで。」を開始、数百人の会員を集める。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を見るまでは死ねないと思っている、よくいるアラフォー男子。

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