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空気系はどこへ行く? 『よりもい』と『ゆるキャン△』で考える。

『宇宙よりも遠い場所』、『ゆるキャン△』をイメージした画像。

◆変わらない空気系が変わりはじめた。


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 ある夏の日、吹き抜ける風がぼくに問いかけた。「空気系はどこに行くのか?」と。ぼくは答えた。「さあ、知らない」と。

 

 しかし、「知らね」で終わらせるのも何なので、少し考えてみようと思います。空気系、あるいは萌え日常系のアニメや漫画はどこへ行くのか?

 

 そのまえに整理しておくと、ここで「空気系」と呼んでいるのは、皆さんご存知であろう『のんのんびより』とか、『きんいろモザイク』といった美少女たちの穏やかな日常を描く作品のことです。

 

 現在、これらの作品は1クールに1作はかならずアニメが制作されている印象で、非常に人気が高いといっても良いと思います。

 

 ただ、この種の作品はあずまきよひこの『あずまんが大王』を嚆矢としているわけですが、未だにこの偉大な漫画を乗り越えられていない印象がなくもない。

 

 基本的に「変化の乏しい日常生活」を淡々と(ある程度は面白おかしく)描写することが主眼の作品群なので、それ自体も変化に乏しいのかもしれません。

 

 いくつか例外がないわけではないにしろ、あまり度肝を抜くような展開は期待されていないこともたしかでしょう。

 

 求められているものは、あくまで「変わりばえしない生活」なのであって、突然、宇宙人が襲いかかってきたりしたらそれはすでに「空気系」ではないわけです。

 

 しかし、そうはいっても、最近、このジャンルも少しずつ変わっていっていることを示すような作品が登場しています。それがたとえば『宇宙よりも遠い場所』であり、『ゆるキャン』です。

 

 これらの作品についてはペトロニウスさんがくわしく書いていますが、どちらも日常系の歴史にのこるべき傑作です。

◆『宇宙よりも遠い場所』という革新的作品。


 特に『宇宙よりも遠い場所』は相当に革命的な作品といって良いでしょう。何しろ、女の子四人組という、日常系の最も典型的なパターンを踏襲したうえで、その子たちを南極まで連れて行ってしまうという暴挙!

 

 いや、この南極という、かぎりなくむずかしくはあるけれどまったく不可能ではない到達場所の設定が見事ですね。ここにおいて、日常系はどこにでもある学園とか、田舎町といった舞台を離れることに成功したわけです。

 

 いままでにも『ヤマノススメ』とか『少女終末紀行』みたいなちょっとした冒険を描く作品はなくもなかったわけだけれど、それにしてもやはりこれはメルクマール的傑作だと思う。

 

 じっさい、「友達さがし」の物語としても、このアニメはひとつの到達点と見ることができるのではないでしょうか。未見の方はぜひぜひ見てみてほしいですね。すばらですよ。

 

 この『宇宙よりも遠い場所』の何が凄いかって、世界中のどこへ行っても「日常」は変わらない、ということを明確に示したことだと思うのですよ。

 

 ある意味では、どこまで遠くへ行っても日常からは離れられない、非日常など存在しないということでもあるけれど、それをネガティヴに受け止める必要はない。

 

 ぼくたちは、「この日常」を抱えたまま、どんな遠くにだって行けるのだということなのでしょう。

 

 これは、それこそペトロニウスさんも書いていますが、佐々木俊尚さんの新刊『広く弱くつながって生きる』あたりと強烈にシンクロしています。

 

 というか、物語がフィクションとして指し示しているものを、佐々木さんはひとつの現実として描いているのだと思うのです。

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◆「空気系」を現実として楽しむ。


 まあ、ぼくたちが生まれつき美少女でないことはどうしようもありませんが(笑)、それでも、空気系的な日常を愉しむことはできると思います。否、じっさい、ぼくの日常生活はかぎりなくこういう方向に近づいている。

 

 LINEで膨大な人とつながっているし、ときには遊びに行くし、また、最近ではこの「プロジェクト物語三昧」のような企画もいっしょに実行するようになっているのです。

 

 いやあ、ほんとうに楽しいですよ。『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』じゃないけれど、終わりのない学園祭を延々と繰りひろげているようなものですからね。

 

 もちろん、この絆を本物じゃないと考える人もいるかもしれません。家族とか恋人とか親友とか、そういう強固な関係こそが本物なのであって、「弱いつながり」なんてニセモノに過ぎない、とそう思う人もいることでしょう。

 

 しかし、ぼくはそういうふうには考えないのです。互いに互いを縛りつける「強いつながり」は、どうしても依存につながりやすい。ぼくはそういう関係ではなくて、互いに互いを解放しあう、自由な関係性こそが素晴らしいと思います。

 

 もちろん、そこには一抹の寂しさがただようかもしれないけれど、その種の寂しさに耐えられない人はそもそも人間関係を築くことに向いていないんじゃないかな。

 

 まあ、血縁でつながった家族関係を神聖視する人は、現在でも数多いわけですが、ぼくはその手の先天的な関係「だけ」にこだわることは人生を不幸にしかねないと感じます。だって、ようは運まかせですからね。家族との相性なんて。

 

 つまりは、これからの空気系もそういう方向に行くだろうということです。互いに互いを縛らない、ベタベタに依存しあわない、解放と開放の関係性。ぼくはそういう風通しの良い関係こそが正常だと思うし、そういうふうに生きていきたいのです。

 

 吹き抜ける風への答えになったでしょうか? この話はいずれ続きを書きたいと思います。でわでわ。

 この記事を書いている人:海燕(かいえん)

 

 プロライター。7月30日生まれ。2001年1月1日からウェブサイトをオープン。その後身のブログは1000万PVを記録。その後、ニコニコ動画にて有料ブログ「弱いなら弱いままで。」を開始、数百人の会員を集める。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を見るまでは死ねないと思っている、よくいるアラフォー男子。

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